こんにちは、にゃーすです。
みなさんの周りにデリカシーのない人っていませんか?
今日のテーマは性格が良い「苦労知らず」と「デリカシー」についてです。そのあたり、独自の視点で掘り下げていきたいと思います。
「性格の良い」は大前提
今回は「性格の良い」を大前提とします。性格悪い人にデリカシーがないのは割と普通のことなので・・
今回例に取り上げる人たちは、
- ポジティブ
- 代々健康(親や祖父母や兄弟・その子ども達に至るまで)
- 鈍感推し
- 苦労知らず
デリカシーのない人 その1
わたしの周りでデリカシーのない人は、ダントツで夫の実家の人たち。義父・義母・夫は本当に本当に優しくて良い人です。
特に義母は太陽のような人で、ほとんど否定をしない人です。お金は出すけど口は出さない。自分たちの価値観を押し付けることもしない。
でもデリカシーは皆無です。
(ただし特例で小姑が関わると太陽のような義母の人柄は豹変します)
「ま、うちは大丈夫そうだけど・・(笑)」
直近の新鮮なネタとしては、にゃーすが胃カメラを飲んだことを姑に伝えたLINEにて、

逆流性食道炎・食道ヘルニア・慢性萎縮性胃炎だったので、胃に優しいLG21ヨーグルトを食べてます~。

うちも食べてるよ~。
ま、うちは食べなくても大丈夫そうだけど・・(笑)
と返信が。(・・その最後のひとこといる?)と思いながら無視するわけにもいかず、

うちは親がああいう病気だったので心配になります。
食べなくても大丈夫だなんて羨ましい限りです~(^^)/
健康維持がんばりま~す!

毎日楽しく過ごしましょう♪
あまりいろいろ考えこまないようにね。

(このLINEでよけい胃が痛いわ!)
多分お菓子の食べ過ぎをやめたら良くなるはずです(笑)
最後は笑いで終わらせるというこっちのフォロー!!健康な人からの、体調不良の人への健康自慢は、聞けません・・不快でしかないです。
「死にざまは、生きざま」
義実家のお墓を見に行ったときのことです。○○霊園に義両親と夫とわたしで、新しく建てたお墓を見に行きました。
霊園なのでゆっくりとした時間が流れる中、義母がおもむろに、

死にざまは生きざまって言うじゃない?
わたしはもう何も思い残すことはないわ~
もう今死んじゃっても全然悔いないかなぁ~
と目を細めながら言ったのです。平時なら何とも思わないこの会話。
何が問題って、父が亡くなったすぐあとのことでした。父は何回もガンを患い、苦しみながら亡くなりました。
加えて、母が食道ガンからの転移で、口腔ガンで苦しんでいるときでした。
わたしは凍り付きました。父が苦しみながら亡くなったのも、母が口腔ガンを患っていることも、義母は当然知っていたからです。嫌味じゃない、それが普通の会話、って感じでした。
「生きたい」と思いながら病気で亡くなった父のことを想うと胸が張り裂けそうでしたし、そんなに後悔が無いのなら、正直、父の代わりにどうぞ、と思いたくなるような、そんな発言でした。
さすが、実の両親90歳越えで老衰(入院1日もせず)にて他界&義両親は東北長男家族同居で、病気や介護での世話を一切したことのない人の発言はすごい!
デリカシーのない人 その2
実家依存が激しい親友。
サバサバ系で、本当に性格が良いので、フルタイム勤務で忙しい中、両親の葬儀に来てくれたり、
息子の誕生日・クリスマスのプレゼントなど今まで一度も欠かすことなく、プレゼントを贈ってくれるような優しく律儀な親友です。
「全員いなくなってしまったね」
わたしが33歳のときに父が、35歳のときに母が、38歳のときに父方の祖母が亡くなりました。
祖母が亡くなった時にこの親友からLINEで言われたのが、

全員いなくなってしまったね。
とLINEが。心に稲妻が走ったような衝撃。

息子がいるから大丈夫だよ。
こうLINEを返すのが精一杯でした。親友にしたら、ただ現実を言っただけなんでしょう。それは、25年間の付き合いで分かっています。しかし、心にグサッと言葉が突き刺さりました。
苦労の種類
主に、2種類あるのかなぁと考えています。(病気や事故、天災等はどちらでもないという考えです)
- 自分が選んだ苦労
- 人の犠牲になる苦労
わたしの人生の中で選別してみたいと思います。
自分が選んだ苦労
- 受験
- 学校生活
- 就職
- 仕事
- 交際相手
- 結婚相手
自分で選択した苦労なら、最悪な結果になったとしても、どこかで気持ちを割り切って切り替えができるんじゃないかと思っています。
ある程度、自己責任ですし、人生は選択の連続です。自分で選択するというのは結果的に、重要なことだと思います。
例えば、進学した学校があまり良くなかったとしても、親に言われて進学したとしたら、納得いかず、一生引きずるかもしれませんが、自分で決めて選んだのなら、後悔したとしても、心のどこかでは割り切れると思います。
人の犠牲になる苦労
- 毒母問題
- 親が学費をねん出してくれない問題
- 子育てしながらの看病(およそ10年間)
- 小姑問題
- いじめ
子どもは親を選べない!あんな親の下に産まれてなかったら・・と何千回、何億回考えたことか。もし選べるなら絶対に自分の親は選ばないです。
せめて、家が安全な場所で、学費を出してくれる親の元を選びます。40年間生きてきて、この親の元に産まれたことを割り切れたことはありません(笑)
そして、夫は選べても小姑までは選べない。物理的に距離が離れていたため、小姑を知るすべは、夫からの情報のみでした。「結婚に対して小姑は一番応援してくれてる人」と夫のウソ情報を鵜呑みに。
結婚前に挨拶に行ったとき、あまりにも、聞いていた話と目の前にいる小姑の様子の相違が激しく、躊躇したが間に合わず。
のちに夫を問いただすと、「そうでも言わなきゃ結婚できなかったから」とのこと。おいおいおいおいおいw
とは言え、結婚相手は夫なので、最終的に決断したのは自分ですが、小姑の性格の酷さと発達障がい疑いのふるまいまでは、親戚付き合いをしてみないと分からなかったと思います。
↑シーズン1~シーズン8と総括までありますw
デリカシーがない理由
それは、自分で選んだ苦労しかしたことがないからじゃないかと思います。恵まれてるからなんでしょうね。←恵まれてる人にこれ言うと激おこだけどwwwwww
お金や時間に恵まれているという意味ではないですよ。お金や時間があっても他者に強制されることは、人の犠牲になる苦労です。
誰に強制されることなく、家庭内や職場内で、人として尊重されている人は、人の犠牲になる必要がありません。
そういうタイプの人は人の痛みがなかなか理解できないし、苦労が浅いので、そもそも理解不能なんだと思います。
苦労した分だけ人に優しくなれるは、妄想
よく、「苦労した分だけ人に優しくなれる」と言いますよね。
それは、
「苦労した経験があるから、苦労した人に寄り添い、共感できる」
ということに他ならないと考えています。
なので、人の犠牲になる苦労した人が、したことない人にまで特段優しくする必要はない!断じてない!と思っています(笑)全く、とは言いません。「特段」です。
うまく付き合うコツ
こういう人とうまく付き合うコツは、自分のいまの状態がとても良く、ストレスを感じてない状態で、「楽しいことを共有したいとき」には最高の相手になります。
義母や親友、夫もですが、買い物に行ったり、旅行したりするとき、結構楽しく過ごせるんです。こちらが苦労していた時間に楽しいことをいっぱいしてきているから、楽しみ方を教えてくれるんですよね。
逆に、体調を崩しているときやストレスを感じているときに、こういうタイプと一緒にいると、相手の性格が良いからこそ、
「こんなことも流せない自分が悪いんじゃないか?」と余計にしんどくなる可能性があります。
そうすると、もっと体調を崩したり、ストレスをためる羽目になります。
そういう時は、痛みの分かる人と過ごすのが良いでしょう。
まとめ
1.それぞれの立場で尊重されるべき
子どもは子どもとして、社会人は社会人として、友だちとして、交際相手として、結婚相手として、親として、親戚として、いろいろな立場で、それぞれが尊重されるということは心理的にも人間関係を成立させる上で重要なことじゃないかと思います。
2.想像力が人の垣根をなくす
本当は、人の犠牲になるような苦労したことない人でも、「経験のないことは全て知らない」ではなく、想像力をもって、苦労した人をねぎらったり、想いやったりできるような社会になればいいのにな、と思います。
それは、病気をしている人や障がいを持っている人に対しても、できることです。小さいことから始めるのが良いと思います。それが積み重なって広がっていくのではないかなと思います。
それができない人こそ、急に病気をしたり、事故などで障がいを持った時に大騒ぎするんですよね・・「この私が!!」と。
ぁ、余談ですが、いつも健康アピールな義母が、ワクチン副反応で高熱が出たとき、「いつも鈍感なこの私が、いつも健康なこの私が、高熱が出たのよ!!!」と大騒ぎ。「この私」ってどの私よ?(笑)
特別扱い?じゃあ基礎疾患があって高熱出やすい人は、しんどくないとでも?違和感しかありません。
そんなアピールはすぐにやめて、普段から想像力を持って人と接してもらいたいものです。
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